初めに

「正坐と日本人」についての疑問。松岡正剛の千夜千冊(丁宗鐵、講談社 2009年)の記事を読んで

正坐と日本人についての疑問。松岡正剛の千夜千冊(丁宗鐵、講談社 2009年)の記事を読んで。 養生訓 著者 貝原益軒 坐するには、正坐すべし。かたよるべからず。燕居には、安坐すべし。 膝をかがむべからずメディア
出典:養生訓 坐するには
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正坐と日本人について(松岡正剛の千夜千冊)の記事で気になった点

ふつうに考えれば、正座は体にも悪いはずで、それが証拠に、日本人の体と習慣について初めて本気の記述をのこした貝原益軒の『養生訓』では、「坐するに正坐すべし、膝をかがむべからず」とあって、当時の正座が実はアグラに近かったことを証していた。

1329夜 『正座と日本人』 丁宗鐵( 講談社 2009 ) − 松岡正剛の千夜千冊

記事を読むと養生訓を根拠に当時の正座はあぐらに近かったと記載しているが、

養生訓 - 国立国会図書館デジタルコレクション
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実際には 「坐するには、正坐すべし。かたよるべからず。燕居には、安坐すべし。膝をかがむべからず」 と記載されており、「正坐と日本人  (丁宗鐵、講談社 2009年) 」松岡正剛の千夜千冊の記事ではなぜ途中の赤いハイライトの箇所をわざわざ切り取っているのだろうか。

まったく意味が異なるように読めるが。

養生訓. 巻第1-8,附録 / 貝原篤信 編録

早稲田大学図書館のサイトで見れるくずし字の古典籍で見た場合は、3コマ目左ページ最初あたり

この文章の書き方だと私には、正坐と安坐を別の座法として区別して使っており、自宅でくつろぐ際には、かたよってもよく(横座りなど)、膝をかがんではいけないは、立て膝をつくのは行儀が悪いと私には読める

また、安坐があぐらなどとは書いてもいないように読めるが、安坐=胡坐は何を根拠にまたどの古典籍が出典なのだろうか。

安坐や平座は胡坐、胡座(あぐら)なのかの疑問は以下の記事で検証している。

貝原益軒の『養生訓』は、江戸時代の正座がアグラに近かったことを証していたのか?

中村学園大学の貝原益軒アーカイブには次のように書かれており、

和俗童子訓は宝永7年(1710)、貝原益軒81才のときに書かれたものである。

養生訓が書かれる3年前のことである。

貝原益軒 和俗童子訓

貝原益軒の「養生訓 」より前に和俗童子訓という幼児教育の重要性を説いたとされる古典籍も残している。

貝原は、「和俗童子訓」(巻之三)(1710)の中で、「読レ書法」について、「書冊を正しく几上におき、ひざまづきてよむべし」と、正坐の坐り方も記している。

「正坐」の語誌的研究 南谷直利 北野与一 8コマ目最初のあたり

北陸大学の紀要( 「正坐」の語誌的研究 南谷直利 北野与一 )を読むと読書法の項目かで正坐の坐り方について記載されていることがわかる。

貝原益軒アーカイブ | 図書館 | メディアセンター | 研究所・付置施設 | 中村学園大学・中村学園大学短期大学部
福岡にある栄養系、教育系、商学・経済学系の学科を有す大学・短大。管理栄養士、小学校・幼稚園教諭、保育士などの専門職やビジネスの現場で活躍できる人材を育成します。「食の中村」として地域連携にも努めます。

中村学園大学のサイトページにある「和俗童子訓 原著に忠実なテキスト」、巻之三 年に随ふて教える法の箇所が文章の書き起こしとして参考になった。

私自身、 和俗童子訓を全部読み込めていないので 、直接、正坐と書いてないようにも思うが、ということを注意点としてあげておくが、当時は正坐=胡坐という証拠にはなりえず、むしろ子供のころから今の正座を作法として行っていたように感じる。

それともこのひざまづくのは正座の状態でつま先立ちしながら(跪坐)、机に向かって書籍を読んでいたのだろうか。 床に対する接地がつま先と膝だけになり、普通に正座するより大変そうだが。

貝原益軒が正坐をアグラと記載している箇所があるなら修正したいと思うが、現状は違うように思える。

江戸時代の国学者はもっぱら座るときの坐法はアグラだったのか?

これに対して、国学者たちはもっぱらアグラだったのである。ここがおもしろい。戸田茂睡、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、いずれもアグラ姿の肖像画になっている

1329夜 『正座と日本人』 丁宗鐵( 講談社 2009 ) − 松岡正剛の千夜千冊

江戸時代の国学者の肖像画についていずれもアグラであったと記載がある。

もっぱらとは、全体の中で大きな割合を占めたり、専念、それ以外の坐り方をほとんどしない感じで使っていると思われるが、

本居宣長については、 「正坐」の語誌的研究 南谷直利 北野与一 の資料などで反論できる。

六十一歳ノ像は趺坐ノ體に描カレタレドモ實際は趺坐セラルルコトナシ

四十四歳ノ自畵像ノ如ク正坐セラルルガ例ナリ 

「正坐」の語誌的研究 南谷直利 北野与一  8コマ目

江戸時代中期の国学者、本居宣長について、宣長の長女、飛騨の「宣長六十一ノ自畵自讃像」についての証言「備忘録」を引用して上記のように実際には趺坐(足を組み合わせて座ること)はせず、正坐していたと記載している。

また、本居宣長記念館の説明に長女飛騨の証言なぜ正座をしないのですかも参考。「宣長さんは趺坐が嫌いだった」や「趺坐のスタイルでこの像を描いた」という根拠の出典が不明で検証が必要だが、一応取り上げておく。

こういった事例を考えると、仏像や銅像、肖像画を根拠に当時こういう座り方をしていたんだと主張しているのをたまに見受けるが、本当に当時に描かれた肖像画だったのか、そもそも本人なのかなど注意深く検証する必要がある。

その他、国学者のアグラの例で戸田茂睡、荷田春満、賀茂真淵を挙げているがこちらは一旦調査中、保留とする。(こういう木像、銅像や肖像画の楽座、胡座、立て膝についての疑問をたくさん抱えているので、こつこつ進めたいとは思うが)

他にも記事中に検証したい古典籍(細川三斎の細川茶湯之書)などがいくつかあるが、少しずつ調べたい。

丁宗鐵氏、松岡正剛氏という方は存じ上げなかったのだが、NHKの美と若さの新常識~カラダのヒミツ~ 「漢方で無理なく スリム&ビューティー」毎日新聞の医療プレミアの執筆されていたり、特集ワイド この国はどこへ コロナの時代に 「知の巨人」松岡正剛氏、思索のすすめ 「心の免疫」が自分を守るで特集を組まれていたりするようなので、お二方とも著名な方なのだと思う

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出典:養生訓

著者 貝原益軒 著 出版者 聖山閣書店 出版年月日 1926

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