初めに

日光東照宮の歴史ある建物の秘密を解く。朝鮮鐘は江戸時代に存在したのか?

日光東照宮の歴史ある建物の秘密を解く。朝鮮鐘は江戸時代に存在したのか? オランダ回転燭台(回転式灯籠)と朝鮮国王の廻燈籠は別の重要文化財?重要文化財
出典:日光山志 10巻. [5]
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日光東照宮のうんちくのきっかけは朝鮮通信使の歴史を調べていて

ウンチクとなるかわかりませんが、江戸時代の朝鮮通信使について調べていて、そのうち日光東照宮に李氏朝鮮が朝鮮鐘を奉納されたというのをみて、日光山志、日光小誌という古典籍を読んだところ、歴史ある建物というか重要文化財の説明に食い違いがあり、どういう秘密が隠されているんだろうと気になったので記事にしました。

日光東照宮のホームページにはうんちくを語りたい重要文化財及び解説が見当たらなかったので、詳細が見れたサイトと読んだ古典籍を比較したいと思います。

日光東照宮にある蓮灯籠と日光山志、日光小誌の燈籠、燈臺のうんちく

日光東照宮・御朱印というサイトの記事、日光東照宮「蓮灯籠(オランダ製の燭台)」【重要文化財】 を読むと

この蓮灯籠はポルトガル船の来航禁止令を出した翌年となる1640年(寛永17年)にオランダ国から贈られたもの

日光東照宮の境内の見どころ・建造物一覧/オランダ灯籠/オランダ燭台/

上記のように1640年(寛永17年)に江戸幕府へオランダが奉納したと記述があるが、

日光山小誌 / 錦石秋 編という早稲田大学図書館の古典籍総合データベースのサイトで確認できる古典籍の日光山小誌 24コマに左ページを見ると、琉球献備蓮燈籠と記載されている。

絵は上記のサイトの日光東照宮にあるとされる蓮燈籠(オランダ製の燭台)と全く同じ物に見えるが、オランダと琉球が同じ燈籠を日光東照宮に寄贈したということなのだろうか?

琉球献備燈台 里俗蓮燈篭と云ふ唐銅製高一丈二尺許主柱の上端に一釭なり其下を三段とし毎段の燈釭各十個台下は六の螭足にて之を支ふ

23コマ目 日光山小誌 右ページ最後の行から

同じく早稲田大学図書館の日光山志. 巻之1-5 / 植田孟縉 編輯 ; 崋山登 [ほか]画の五巻 日光山志 18コマ でも琉球献(異体字)備燈台(異体字)となっており、こちらの絵は簡略化されているが、同様に見える。

日光名勝写真帖の16コマに仝蓮燈篭としか記述されていないが一応記載しておく。( 仝は同の異体字 )

日光東照宮にある回転燭台と日光山志、日光小誌の燈臺穂屋、回転燈籠のうんちく

日光東照宮・御朱印というサイトの記事、 日光東照宮「オランダ回転燭台(回転式灯籠)」の徳川家の家紋が逆?!「逆さ葵の謎」とオランダの陰謀 を読むと

この回転燭台(回転式燈籠)は、1643年(寛永20年)に、遠くオランダの地から、東照宮へ奉納されたものです

日光東照宮の「回転燭台」の徳川家の家紋が逆?/

上記のように江戸幕府へオランダが奉納したと記述があるが、

日光山小誌の23コマ目 の左ページを見ると、朝鮮仝廻燈籠と記載の絵はオランダ回転燭台とされる逆紋の廻り燭台と紹介されている灯籠と全く同じものにみえ、こちらもオランダと朝鮮が同じ回転燭台を奉納したのだろうか?

朝鮮国献備燈台穂屋
(省略)
囬轉自在なり

23コマ目 日光山小誌 右ページ最後から4行前あたり

日光山小誌の解説では、左ページの絵の名称と違い、朝鮮国献備燈台穂屋という形で記載されているように読める。

日光山志 16コマの左ページには朝鮮国獻備燈臺穂屋と絵とともに名称が記載されているが、説明が見当たらない?

日光名勝写真帖 18コマ 仝廻シ燈籠としか記述されていないが一応記載。

国立国会図書館デジタルコレクションで読める日光山志 10巻. [5]の16コマには朝鮮国獻備輪燈という名称で絵もほぼ同じだと思うが、よく見ると 日光東照宮「オランダ回転燭台(回転式灯籠)」の徳川家の家紋が逆?!「逆さ葵の謎」とオランダの陰謀の記事とは違い、三つ葉葵は「逆さ葵の御紋」になっていないように見える。

日光東照宮にあるシャンデリア釣灯籠と日光山志、日光小誌の燈臺のうんちく

日光東照宮「シャンデリア釣灯籠(オランダ灯籠)」【重要文化財】を読むと

日光東照宮にはオランダから3基の様式鋳銅製の灯籠が奉納されていますが、この灯籠は最初に奉納された灯籠です。

日光東照宮の「回転燭台」の徳川家の家紋が逆?/

上記のようにオランダから奉納された3基の銅製の灯籠のうち最初に江戸幕府へ寄贈されたとあるが、

日光山小誌の23コマ目の左ページに朝鮮仝廻燈籠とともに、阿蘭陀献備燈臺という名で絵が掲載されている。ただ、絵図が小さいためか、 日光東照宮「シャンデリア釣灯籠(オランダ灯籠)」【重要文化財】の写真のような瓦の部分が三つ葉葵になっていない。このシャンデリア釣灯籠(オランダ灯籠)の建物自体は江戸時代に建造されたものなんだろうか?

日光山小誌の絵図がそこまで細かくないだけなのか?

日光山志17コマの左ページに阿蘭陀献備燈臺と記載があり、建物内部の燈台のみを描いた図が載っている。 ちょっとおおざっぱであるが、丸い玉は 日光東照宮「シャンデリア釣灯籠(オランダ灯籠)」【重要文化財】の写真と同じような感じに見えるので同じ物と思われる。

日光東照宮にある朝鮮鐘は日光山志、日光小誌の朝鮮国献備鐘、 朝鮮国獻備洪鐘のうんちく

日光東照宮・朝鮮鐘【重要文化財】【世界文化遺産】の記事を読むと

この朝鮮鐘は、1643年(寛永20年)、4代将軍・家綱(当時は竹千代ぎみ)の誕生を奉祝するために来朝した「朝鮮通信使」により奉献された鐘

日光東照宮・朝鮮鐘【重要文化財】【世界文化遺産】

日光山小誌には朝鮮鐘の絵図はないように思えるが、同じものと思われる解説がある。

朝鮮国献備鐘 龍頭の下に一穿あり里俗蟲喰鐘と云ふ

日光山小誌

日光山志 15コマには朝鮮国獻備洪鐘として説明と絵図がある。

日光名勝写真帖の17コマに仝蟲喰鐘として写真が掲載されている。他のページもそうだが、日光名勝写真帖というタイトルなのに、色鉛筆等で塗ったような色合いになっているのが気になるが、こんなものだろうか。

実際に或る説明文は3つともオランダからの奉納されたというのは、どの古典籍等を出典としているんだろうか。

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出典:日光山志 10巻. [5]

タイトル 日光山志 10巻. [5] 著者 植田孟縉 編 出版年月日 文政7 [1824]序

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